私たち人間は、誰でも理由や条件によっては、罪を犯すかもしれない存在です。殺人というかけがえのないいのちを奪う行為は、決して許されることではありません。しかしその犯罪を起こした者のいのちを奪う死刑の執行は、私たちが取り返しのつかない罪をさらに重ねることに他なりません。死刑の執行は、罪深い人間の闇を自己に問うことなく、罪を犯した人を排除して、自己をよしとする社会の構築を目指そうとすることに他なりません。
 
 死刑執行を続けることは、私たちが罪を犯した人の立ち直りを助けていく責任を放棄し、共に生きる世界を奪うものです。死刑制度は被害者遺族をも救うことのない制度であり、そればかりでなく、応報感情をあおり、人々を分断する制度であります。加害者の悔悟や反省が成し遂げられることも、被害者遺族の悲しみや怒りが癒されることも、死刑制度を持つ社会では困難です。
 
 私たちは、死刑に関する意見や立場の違いを認め合いながら、遺族の救済のあり方を含め、この制度について論議していく場を開いていかなければならないと考えます。